悲しみが癒されたあの体験・あの言葉

「生きる事って」 N.H様  (横浜市南区)

主人の命を奪った病気が直腸癌である事が判明したのは平成13年7月24日でした。
それ迄、近くの開業医を転々としましたが、結局病名すら分からず、姉の勧めで痔の専門医を訪れ、その日その場で横浜市大へ封をした紹介状を渡され、翌日息子と3人で市大を訪れたところで、医師から直腸ガンの末期との告知を受けました。それから5ヶ月ガンと闘い、12月12日帰らぬ人となってしまいました。この間苦しい検査が長く続き、人口肛門をつける手術をしました。本人がまだ麻酔から覚めず、ベッドに横たわっている時、医師から半年はもたないでしょうと言われ、本当にむごい宣告でした。それでも主人は「絶対に病気には負けないから、お父さんは頑張るからね」と言い続けておりました。私は、毎日面会時間の午後3時から8時まで病院に詰め、会社帰りの息子達と病院で落ち合い、帰りは別々に、私は最寄の駅を降りると、主人の事で胸が張り裂けんばかりで涙が止まりませんでした。帰り道、月を眺めては“お父さんに、どうか奇跡が起こって生きられます様に”と毎晩夜道を祈りながら帰宅しました。しかし、現実は厳しく、日一日と主人の容態は悪くなる一方でした。もし主人にその時が訪れたら、どうすればよいのか不安で夜も眠れぬ日が続きました。

 私は以前から、私も含めて家族にもしやの事があった時には、ゆきげにと思っておりましたので、いろいろ聞きたい事をメモしておき、勇気を出してゆきげに電話をかけ、名前を告げいろいろ質問をして相談しました。必ず訪れる事でもあり、その時に慌てないようにと思い、かなり細かい事も伺いましたが、電話に出て下さった女性の方も、こちらの気持ちをよく汲み取って下さり、懇切丁寧に説明をしてくれました。ただ遺影に使う写真だけは、あらかじめ用意しておいた方がよいと言われ、アルバムを出しては「お父さんごめんなさい」と泣きながら写真選びをしました。全てをゆきげの方に相談し、お話して頭の中が整理出来たような気がしました。

 そしてやがてその時が訪れ、病院からすぐにゆきげに電話を入れました。すると手際よく事を運んでいただき、その後は指示通りに動くだけでよく本当に助かりました。直後、息子達とお仏壇もゆきげに出向き、いろいろ説明をいただき、我が家にふさわしいお仏壇も見つかり戒名も書いて頂き全てが整いました。私のように前もって相談にのっていただけるケースばかりでは無いと思いますが、分からない事、とまどう事ばかりの中で、ゆきげに相談しておいて本当に良かったと今思っています。

 早いもので主人が亡くなって、2年2ヶ月が過ぎようとしています。毎朝毎晩、床に就く時、1日3回お線香を上げ、主人に話を聞いてもらったりしております。息子達もよく来てくれて、まず先にお仏壇に手を合わせ帰る時は「お父さん、また来るからね。お母さんの事は僕達がしっかり守っていくからね」と言って帰ります。主人は初孫の顔も見ずに逝ってしまいましたが、その初孫も今は1歳8ヶ月になりました。実家に来る度に、両親の姿を見ておじいちゃんに小さな手を合わせてお参りしています。

 主人亡き後、家族の絆が一層強まったような気がします。子供達が巣立ち夫婦二人きりになって、いつかどちらかが先に旅立つ事になるのは仕方のない事ですが、本当に寂しいものですね。主人も意識が混濁する中で、最後まで生きる望みを失わず、よく頑張ってくれたと思います。生きるってこんなにも大変な事なのかと、つくづく感じさせられました。今は、近くの友人、姉妹、息子夫婦、その他大勢の方々に支えて頂いております。また、今日があるのも、支えて下さる皆様方と主人のお陰と、感謝の気持ちを持ちながら日々を送っております。

「お父さん!!36年間 本当にありがとう。私も子供達もお父さんからいただいた、やさしさを決っして忘れません」これからも、しっかりお父さんを守って前向きに生きていきます。


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