悲しみが癒されたあの体験・あの言葉

「優しいまなざしを取り戻した日」  H.T様 (横浜市戸塚区)

父が入院したのは一昨年の暮れ、ちょうど母が入院してから一週間目のことでした。入院した当日に医師から危篤を告げられ、何日か危険な状態にありましたが、奇跡的に回復し、それから亡くなるまでの4ヶ月間、父は病院のベッドで自分の病と戦い続けました。
あの4ヶ月は私にとっても戦いの日々でした。
不安や肉体的苦痛と共に毎日を過ごしていた父と、そんな父の側にいてやりたいと思いながら、遠く離れた病院で父を案ずるしかなす術がなかった母と、二人の辛さを痛いほど感じながらも、私の心は二人の看病と心の重圧からだんだんとゆとりをなくし、疲れ、とげとげしくなってゆきました。
父が回復に向かっていて、もう少ししたら家に帰れるという安心感もあったからなのでしょう。「今日優しい言葉をかけなくても明日がある‥」そんな“時間”というものに対する甘えもどこかにあったのからなのかもしれません。そして、あと一週間したら退院できるというある日の明け方、本当に突然父は誰にも見守られることなく病院のベッドで静かに息を引きとりました。

私はそれ以来ずっと自分を責め続けました。言えなかった言葉、してあげられなかった事。その一つ一つが私の心をナイフのように刺し続けました。苦しくてたまらないのに、なぜか涙は出ませんでした。それすら自分に禁じていたのかもしれません。そして、そんな風に自分に向けていた刃は、いつしか知らぬ間に私の側にいて私を励まし、助けてくれていた人達にも向けられてゆきました。自分を傷つけ、人を傷つけ、心は石のように固くなり、分かっていてもどうすることも出来ず、ますます自分を嫌いになってゆきました。

そんな状態が1年近く続いたある日、私はある若い女性と話をする機会を持ちました。彼女は3ヶ月前に大切なパートナーを亡くし、私と同じような罪悪感に苦しんでいました。彼女の苦しみを軽くしてあげたいという一心だったからなのかもしれません、同じ苦しみを持つ彼女を目の前にして、私は自分でも驚く程冷静でいられました。そして彼女に向かってこんな言葉を口にしました。「もしあなたと彼が逆の立場だったとしたら・・・もし彼が今、あなたが感じているのと同じ苦しみを感じているとしたら、あなたは彼にどんな言葉をかけますか?」。しばらく黙り続けた後、震える様な声で彼女は答えました。「出来るだけの事をしてくれた・・・わかっているから・・・そんな苦しまないで・・・」それに対して私が「その同じ言葉を自分自身にも向けてあげることは出来ないですか?」・・・そう言った時、彼女はせき止められていた水が一気に放れたように激しく泣き出しました。体の奥からしぼり出すような声をあげ、見ていて苦しくなる程の慟哭の中で、それでも彼女は本当に真摯に自分自身と向き合っていました。そんな彼女を見て、私は「あー、そうか、私はガマンしてたんだ、本当はこんなふうに泣きたかったんだ・・・」と気付かされました。そして今彼女に向けた言葉は、本当は自分自身が向き合うべき言葉だったんだとも感じました。彼女に救われたのは、私の方でした。

その日の夜、私は父が亡くなってから初めて父の事で声をあげて泣きました。だんだんと咳き込み、喉も痛くなり、ほほの皮膚はピリピリしてきたけれど、それでも涙は止まりませんでした。そして涙と共に心の中に溜め込んでいた全てを出し切った時、私はごく自然に「もう自分を許そう」そう思うことが出来ました。あの4ヶ月も、その後の辛い日々も、その中で不完全であり続けた自分自身も、全てを許そうと思えました。心がスーッと軽くなってゆくのが分かりました。あの日から私の中で何かが切りかわりました。自分の心を刺していた刃を自分の手で抜くことが出来たら、前よりもずっと生きることが楽しくなってきました。

日常の中の何気ない出来事にも「幸せだなー」って感じられるようになりました。「もっと自分を大切にしよう、自分の心が喜ぶことをしよう・・」そう決めたら、いつしか、まわりの人達の気持ちや希望も、本当に大切に感じられるようになりました。
この世の全てには必ず終わりがあります。
たとえ今、闇の中でもがき苦しんでいるとしても、そんな自分自身を優しいまなざしで振り返ることが出来る日が必ずやってきます。そして幸せな時や、愛する人達と共に過ごす事が出来る時間もいつかは必ず終わりを迎えます。でも、だからこそ人は、一瞬一瞬を大切に、思い切り楽しんで、お互いに与えられる時に与えられるだけの愛情を与えあって、生きてゆかねばいけないのかもしれないですね。父は自分の死を通してその事を私に教えてくれました。

ようやく父に対して「ごめんなさい」ではなく、「ありがとう」と言えそうです。
あなたが愛する人達と過ごすことが出来る時をどうか大切に。
感謝を込めて。


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